遺族の話の中心にあるのは亡くなった人
2026/04/02ある研究センターで
一人のご遺族が死別体験を話し
その体験談をもとにグリーフケアを学ぶ
という講座があることを知っていた。
それぞれいろんなところで活躍していれば
嬉しいし、励みになる。
私も同様のことを、また別のところでしているから。
そしたら、その研究センターでの出演の
依頼が届いた。
もちろんお受けするが
そのとき、えっ、と思うことを聞いた。
「長らく同じご遺族に来ていただいたので
替わってもらおうかと」
なんか、複雑…
話が古くなった、と言っているようで。
マスコミがそう。
日の浅いご遺族の紹介を頼まれる。
私は紹介しない。できない。
泣きながら感情を吐露するような場面を
捉えることが第一目的だから。
遺族は、泣かなくなっても語られることは
深いし、
泣かなくなってから語られるようになる
深い話もある。
でも今回の意図は、そういうことでは
なさそう。
古い、新しい、で言えば私の体験談は古い。
受講者は入れ替わるから始めて聞く話でも
主催者が聞き飽きてしまうからだろうか?
複雑になった理由は、もう一つあって、
私自身も、何度も招かれていた機関から
このところ呼ばれなくなった。
私も同じことを言われてたのかも…?
もう一度、もう一度、と招かれると
そのときは嬉しい。
でも、そのうち、「もういいかな?」
と言われることを考えると
一回ずつ、いろんな体験者が起用されるよう
促していくことがいいかも
と思うようになった。
遺族の話の中心にあるのは
亡くなった人のことなので
「もういいかな」
と思われると悲しい。