「あの世」を消して生き延びてしまった
2026/05/29お医者さんでなくても、多くの親が言うのが
「こういう生き方」をして、
また会えたときに、
「がんばったね」と褒めて貰えたら、とか
胸を張って会えるようにしたい
といったこと。
「こういう生き方」が、それぞれなわけで
職業によって分かれたりもする。
昨日書いたのは、死因の解明だったが、
子どもに関わる別の職種だと
その子たちを、これまで以上に
大事にしてあげたい、とか
子どもとは無関係な職種であっても
職業のすべては誰かのためになることなので
仕事をして一生懸命生きよう、だったり
職業には就いていなくても
家族のため。
家族いなければ、一生懸命に全うしよう
といった発想のもと、また会う日に向けて
襟を正していく親の姿
素晴らしいなあ、といつも思う。
そこのところが、私は欠けていて
「また会う日」の背景にあるのは
あの世、天国、の概念。
そのあたりが希薄な私は
生きる目的も希薄になりがちで
あゆみが亡くなって、何年か経ってから
戸惑い始めた。
あの世などないほうがいい
と思わずには暮らせなかったことが
原因だと気づいたのは、つい先日。
姿は見えないけれど、もし、
どこかで淋しい思いをしていては…
私を探していては…
もし体の苦痛が残っていては…
頭をよぎると耐えられなかったから
「あの世」を消してしまった…
自分から、のちに拠り所となることまで
消してしまったのだけど
あの当時を生き延びるには
仕方のないことだったとも思える。