親のつらい話と子ども自身のこと

2026/07/22

現代社会において、子どもを亡くすことは

ごく少数に起こることから

親は、不条理感や不公平感に加えて

孤独感にも見舞われる。

 

だから同じ立場の人と出会う機会

語り合う機会を遺族会は担っていくのだが

出会えても、

交流することや語り合うことを

避ける考えの人の胸中を

昨日日記を書いてから、考えた。

 

後ろ向き、といった考え方があるかも知れない。

これは、どちらかというと

普通に暮らす元気な人が、そう見たりする。

でも当事者にだってあるかも知れない。

 

あるいは

つらい話は、言葉にすることで

さらにつらくなったりもする。

それでも、来て、話してくれる人は

つらさも含めて、子どものこと話したい、

子どものことは全部大事、親だから!

みたいな考えを持っていたりする。

 

最近、改めて思うのは、

亡くなった子どものことは、つらい話

とは限らないこと。

 

亡くなる経緯や

その後、つらい自分、というものは

動かしようがないほどあるのだけれど

子どもそのものは、

愛しい

かわいい

おもしろい

輝く存在であり

話す親は、泣きそうになりながら

笑っちゃう

ということが、しょっちゅう起きる。

 

だから私たち運営者は

親のつらい悲しい話を大事にしつつ

(成人でも)その子自身の話

どんな子なのか、を

とても大事にしていきたい

と思うようになった。