愛してるよ、と伝えること
2018/01/25 本白根山の噴火時、噴煙や噴石が降り注ぐなか
スキー場の、ゴンドラの中に閉じ込められた男性が
家にいる父親に電話をして、最後、切るとき、
「パパ、愛してるよ」
と言う姿を見た。
パパ愛してる
の言葉が、自然と口に出たのだろう。
普段、人前では
父とか、おやじとか、言ってるんじゃないだろうか。
家の中だけの、普段の言い方のような気がした。
そういう、とっさの、「自分の言葉」であるところに
この人の、生命の危機が伝わってきた。
先日、講演で、1つの詩を読んだ。
そこには、突然、家族を亡くした人の思いが
このように綴られている。
だから きょう
あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう
多くの場合、そのように思ってはいても、
わざわざ伝えることのないまま
「突然」のことは起きて、終わってしまう。
そういう大事な、最期の言葉とは
言い遺してもらった側、以上に
言い遺すことができた、ということのほうが
価値が大きいような気がする。
遺された者は
最期の言葉を、抱きしめるように生きるのだろうが
だったとしても、
その人がいなくなったことは、耐え難いものであり
「遺される」とは、そういうことだと思うから。