95才で孤独な一人暮らし
2020/01/24姑の親友を訪ねた日 の続きの続き。
弾む声で、「これ見て」と手渡された年賀状に
私は、てっきり、娘さんからだ!と思った。
だれ?この人・・・
「近所じゃない?姪なの」
という女性の住所は、私と同じ市で、同じ町内だ。
なんと2丁目まで同じだから、すぐ近くに違いない。
「おばさん、会いたい?」と聞きかけた。が、
かなりの年月、会っていないようなので
言葉を飲み込んだ。もし来て貰えなかったら・・・
帰り際、よく言う「また来ますね」は言わなかった。
きっと来るけれど、近日中ではないし、
他人がどこまで首を突っ込んでいいかも、わからない。
けれども私、手渡されたハガキを返すとき
差出人の名前と番地を、しっかり記憶した。
そして、その家を探しに行った。
ほんと近くだった。
いつも通っている道から、細い道を入ったところ。
あれから、何日も過ぎているが
細い道の手前で、足がすくんでしまう。
インターフォンを押す勇気がもてない。
「一度、会いに行ってもらえないでしょうか」
という言い方でいいのだろうか・・・
え~~って顔されたら、
私まで傷ついてしまいそう。
おばさんが嫁いだのは、20代半ばだったと知った。
血の繋がらない娘や息子の話は、1つも出てこなかったが
昔ばなしの中に、不満も、後悔も、1つも出てこなかった。
他人が、不幸かのように評価すると、それはおかしい。
でも、誰か、身内の誰か、
もっと考えてほしい。
せめて、会いに行ってほしい。