必ず来て話を聴いてくれる人だった

2022/03/10

ダンナの実家のお坊さんは

実家近くのお寺から、わざわざ来てくれていた。

 

さらに

お経を有り難いと思っていない私の

嘆きの聞き役になってくれていることが、ほとんどで

たまに話してくれるのが、ゴーダミーのような話。

 

当時の私に、ゴーダミーの話は

なくてよかったのだと思う。

この話に対し

「子どもを亡くしたことのない家なら探せても

死人を出したことのない家を探せないのは

当たり前のことですよね」

と思ったけど、言わなかった。

 

お坊さんは、

私が何を言っても、そのまま聞いてくれることが

わかっていたから。

 

人は死んだらどこへ行くの?

向こうからは見えているの?

私も死んだときに会えるの?

 

こんなことしか言わない私に

手を焼いていたと思う。

 

こんなことばかり言っていた私でさえ

亡くなった子を生き返らせる方法は

尋ねなかった。

すぐにお骨にしてしまったからだなあ。

 

一昨日、訪ねてくださったお坊さんと話して

気づいたことがある。

お経や説法が、どうでもよかった私なのに

もっとも辛かった時期に

助けになってくださった方々のなかで

「お坊さんは、3本の指に入る」

という言葉が口から出た。

 

毎週、毎月、必ず来てくれて、

いつも聞き役になってくれて、

どんな気持ちも、考えも、受け止めてくれる

そういう人だったから、だと思う。