親が「きょうだい」に背負わせてしまう
2026/07/09小児科医と話すなか
子どもが亡くなった家では、きょうだいも
何もケアは受けられていないんですよね…
と言ったら、
そうですよね、病気の子どものきょうだいも
と返ってきたので
あ、ほんとだ、そうだな、と思った。
きょうこんな記事が出た。
重度の知的障害をもつ兄が嫌いで
親にも理解されて来なかったことから
家を出て家族から離れて
はっきりしてきたことが、語られている。
きっかけは、
「きょうだい児」という言葉を知ったとき。
「ずっと悩んできた原因不明の体調不良に
病名が付いたような感覚がありました。」
そうなんだ!
きょうだい児とは、障害児にまつわる語句
と私も知らなかった。
遺族の子どもは「きょうだい」と言っている。
「今まで常にうつうつとして、
晴れやかな気持ちになれたことがないのは
自分の性格のせいだと思っていたんです。」
あー、我慢してきたんだ…
我慢させられてきた。
いい子に育つと、そうで、
これ、良くない子に育つと、非行、
ということになるのだろうか。
いや、非行は良くないけど
その子が良くない子だったわけではない。
わけがあるのだ。
「でも、きょうだい児の場合は幼い頃から
親の関心が向きにくくて
孤独感を感じやすい」
わー、遺族の家庭もそうだわ。
親の関心は亡くなった子に向きやすい。
さらに、生前に闘病していれば
病気の子に気持ちは向くし
亡くなったら、「生きている子のために」
と親は思ったとしても、きょうだいは
「もう一生かなわないと思った」
と言うのを聞いたことがある。
「特有の因果関係に気づくと、
自分の性格のせいじゃなかったんだと、
ホッとしました。」
あー、良かった。
どんな経緯でもいいから、
「自分のせいじゃなかったんだ」
と思ってくれたらいい。
親も悩んだり苦しんだりしていると思うけど
だから、と理由にはできないと思う。
子どもに背負わせてはいけない。
結局、親も大人も、
未熟なのだという自覚を持たないと。
気づかぬうちに、さらに弱いところに
負荷はかかっていく。
せめて、その子に
「ごめん」や「ありがとう」と「大好き」を
言葉でしっかり伝えることから
ではないだろうか。
無関心ではないことだけは、はっきり。