奇跡の妊娠を「後悔」と言ってしまうと
2026/07/13昨日書いたことと、またまったく別の、
いや共通している、障害の有無ではない
家庭内に持ち上がる問題。
46才で2人目を授かった母の本音。
奇跡の子だ!
きょうだいを、作ってあげられる!
と涙を流して妊娠を喜んだと言う。
ところが、高校受験前の上の子は
喜ばなかった。
多くの場合、喜ぶかも知れない。
あ、年が近いほうが喜ぶのかも知れない。
そうして出産を迎えると…
高齢の産後は、若い時とは違う。
夫は仕事が忙しいさなか。
頼れる家族は、高校生。
お金もかかる時期、母も働きに出る。
保育園のお迎えや留守中の育児が
高校生の役割になっていく…。
大人になった長女から言われたことは
「私の青春を返して!」だった。
20年経ったいま、母が言ったのは
「自分が犯したことについて
後悔しかありません」
あーー、何に対してなのかな?
この言葉だけ見ると
高齢出産を犯した、と読み取れるし
子どもを産んだことを、後悔しかない
と受け取れる。
たぶん違うと思う。
きょうだいを頼り過ぎたことや
その子の辛抱を分かっていなかったこと
だと思いたい。
生まれてきた子が
自分は家族を不幸にしてしまったのかな?
生まれて来なければ良かったのかな?
と思ったりしないように。