どんなに大事でも奪われてしまう非情
2026/08/20数日にわたって書いた、ともちゃん。
名前はフルネームで覚えている。
母は「ちゃん」付けで呼ばなかった。
ほかの受け持ちの子たちと同様に。
私が「ともちゃん」と呼んでいたのは
親しくなったからでは全然なくて
先にも書いたとおり、
私にはできないような甘え方を
私の母親にする羨ましさ、腹立たしさを
どうにか穏便に収めるためだった。
そして、なぜ小学校低学年の記憶を
今も思い出せるのか、というと
ずっと後になって、母に事実を確かめながら
振り返ったことがあるから。
それは、あゆみが亡くなったあと。
ともちゃんという子は、なぜあのように
親に大事にされることが叶わなかったのか?
あの父親、娘の命が危ない、となったとき
目を覚ますのだろうか…?
それでも変わらないのかも知れない。
後悔もしない親だっているかも知れない。
このあとに続くのが
「だったら」だ。
だったら、可愛がり大事にしている家の子は
奪わないでほしい。
いや、「だから」なのかも知れない。
だから、可愛がり大事にしている家の子さえ
奪われる現実はあるのか。
そんなことを考えていたとき
また驚くことを母から聞いた。
ともちゃんが高校を卒業したとき
会いに行ったと。
どんな仕事に就いたか、見に。
担任を離れても、ずっと見ていたんだなあ。