今は説教は聞きたくないし助言も

2026/09/15

5才の男の子が、マンション11階ベランダから

落下して亡くなった。

お母さんと買い物から帰って来て

男の子は部屋にいて、お母さんは

下から荷物を何往復も運んでいたという。

 

お母さん頑張っていたさなかだったんだ…

男の子は、ベランダから呼んでいたらしい。

 

ネットのこの記事で、思ったことがある。

大抵コメント欄に、説教じみたことが挙がる。

後悔と自責に打ちひしがれている親を

批判したり

正論を振りかざしたり。

 

言いたいんだなあ。

ここぞと上に立ちたい。

 

でも少し違っていた。

あれ?優しくなった?

 

いや、そうでもないな。

批判はしていない。しているのは

「私はこうしています」。

 

うがった見方をすれば

これもある意味、正論を向けていて

こうしておけば防げた、を

言いたいんだ…と思ってしまう。

 

いや、私が気付いていないだけかな?

痛ましい事故の記事というのは

注意喚起を目的に出されるのだろうか?

 

私は、記事は事実を伝えるものと考えていた。

記事に記者の感情や価値観は含まれていない。

その先は読み手に委ねられるのではないかと。

けれども、「私が教えてあげる」コメントに

知識を得る読者は多いのだろう。

 

もう一つ、大事なことが気掛かり。

男の子はお母さんを呼んでいたそうで

お母さん、ずっと考えるだろうな。

何をそんなに言いたかったのか。