ニワトリ3000羽と人間について

2026/10/14

宮城県の国道で、トラックが荷崩れを起こし

約3000羽の鶏が散乱、生きている!

 

生きててよかったー と思ったものの

この鶏たち、処分されてしまうらしい。

衝撃による内出血の可能性があり

味が変わるらしく。

 

えーーー 生きているのに?

可哀想に、とか、残酷だ、とか、

一瞬思うものの、この鶏たち、もともと

翌日には食肉にされていたのだ。

 

何が違うのだろう。

人間が「いただきます」と手を合わせ、

感謝して美味しく食べさせてもらうか、

ただ処分されてしまうか、の違いなのだけど、

もっと根本的に、

鶏の命の価値が、えらい低いなあと思った。

 

鶏3000羽が落下しても、

行方不明になっても

ぜんぶは探しきらないだろう。

人間だったら、一人でも、大変なことに!

 

今ちょうど、小学生の作文の審査員をしていて

「人間と、全ての生き物、命の重さは同じはず」

と書いている子がいる。

理由は書かれていない。

子どもだから。主張だけ強気。

 

なので替わりに考えてみた。

人間と鶏の命、どちらが重いか?同じか?

 

私は人間だから、人間の価値を重くする。

鶏は、きっと鶏の価値を重くするだろう。

でも人間と鶏は、対等ではない。

なぜなら

人間は、鶏を守ったり大事にしたりできるが

鶏は、人間を守ったり大事にしたりできない。

 

これが私が考え至った限界。

じゃあ、能力が高い生きものほうが

命の価値が高いと言えるのか?

と問われたら…

もう私の思考の限界を超えてしまう〜