同じ立場でなければ打ち明けにくいこと
2026/11/08バレーボールの高橋塁選手が、
同姓愛者であることを公表した。
こんな言葉で語られている。
「僕は幼き頃から、自分自身のある一面に
向き合うことを恐れ、悩み、
自分自身を否定していました。」
「自分の中では墓場まで、誰にも言わない
って10代のころは決めていた」と。
高橋選手は26才。
つらく長い道のりだっただろう。
孤独ほどつらいものはない。
私は、あゆみを亡くして日の浅いころ
セクシャルマイノリティの女性と出会った。
男性として育ったが、性転換手術を受けた人。
お互い、あるシンポジウムの登壇者で
テーマは「当事者」。
似ているー!と思った。
疾病や難病や障害、といった当事者とも
ご一緒することがあるが
このどなたよりセクシャルマイノリティの人を
遺族と「似ている」と思ったのには理由がある。
遺族は、苦しくても病気ではない。
遺族は、生きづらくても外見上わからない。
(白杖をついたり車椅子に乗っていない)
遺族は、特に子どもの遺族は社会の少数。
だから孤立しがちで孤独。
遺族は、傷つきを恐れあまり人に明かさない。
私自身が、まだそんな時期だった。
高橋選手はこんなことも話された。
「10代のころは治ると思っていて、
自分の中でスイッチが入れ替わるんじゃないか
というふうに…」
このあたりも似ている。
この苦しさいつまで続くんだろう…と
絶望的だった時期を私も生きたが、
死別の哀しみも、
消えてなくなることはない。
ずっとあって
持ち続けていけるように適応していく。
私は、立場上カミングアウトばかりしているが
これ以上傷つくくらいなら孤独でもいい、
おそらく分かっては貰えない
という思いの強いご遺族、
語れない死別が
たくさん存在していることを私は知っている。
高橋選手も、打ち明けたことで
どれだけのものを失ってしまうか
不安一杯でコートに立った時、
「誰一人、変わらず強い声援を
送ってくれているのが一番うれしかった!」
という事実が聞けて、私も嬉しかった!