医師が神仏に回復を「祈る」ということ
2023/03/04幸福の科学という宗教団体の教祖が亡くなった。
大きな教団で、うちの近所にも立派な教会がある。
意外なことに、と言っては失礼だが
「幸福の科学」の信者さんに、医師が多くいる。
思い出すのは、
がんで入院していたとき、私の病室を
一人の小児科の先生が訪ねてくださったこと。
この先生とは、面識がある程度で
そう親しかったわけではなかったが、
来てくださったので、びっくりした。
帽子を外していたので、私は丸坊主~
お見舞に、分厚い本を、数冊くださった。
それが大川隆法氏の本だった。
しばらくして、また訪ねてくださり、
本の感想を聞かれたが、
「体調が良くなったら読ませていただきます」
と言うと、
「おだいじに」と帰られた。
もう一度来てくださったとき
本のページを開いてもいなかったので、
疎遠になってしまった。
先生の、回復を願ってくださるお気持ちは
真心に満ちており、ありがたいものだった。
ただ、私にとっては、
手ぶらで、ご本人だけ来てくださることのほうが
もっと心に届くように思える時期だった。
信仰をもつお医者さんは、大勢いる。
外科医は、お祈りしてから手術をすると聞くが、
どういう祈りなのだろう・・・
もちろん、人事を尽くす考えに変わりなく
そのうえで祈るって、どういう境地なのかなあと。
ある外科医の本に、こんな一節がある。
「医学的に、科学的に、いくら文明が進んでも
まだ人の生命を救えるほど人間は万能ではない。
この事実を認識すれば、
医師は、治療に最善を尽くしたあとには
手術の成功を祈る心の謙虚さを持たねばならない」
「宗教」と聞くだけで、つい身構えてしまうが、
この考えかたと、行動と、姿勢は、
とても崇高なものに思える。