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2004/08/30
人生で一番「難しい」と思ったこと
今までで一番難しいと思ったのは、それまで生きてきたなかの”教え”がひっくりかえったことでした。 日本人のほとんどは無宗教ですが、でも各自”教え”はもっていると思います。教えたのはだいたいが親で、私も親から言われたように育っていきました。逆らいながらも必ず逆らいきれずに。 …
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2004/08/20
きょうだい遺族
わかちあいの「つどい」の席や会報の中でも、5年間ずっと息子(あゆみの兄)には触れずにきています。会のなかには、一人だけいたお子さんを亡くされ家にお子さんがいないご家族もたくさんおられますので、私個人は、この会のなかでは、家にいる子の話を間に置くよりも、お互いが亡くなった子ども…
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2004/08/10
人の死と教訓は直結しない と思う
闘病を経て、この1年間の取り組みでそれまでと変わったのは、望んで小中高の教室に出向くようになったことです。「いのちの授業」の依頼を受けると必ずどこへでも行きました。 授業といっても、命や生は「教える」というものではありませんので、私が実際に体験したことや、見聞きしたこと…
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2004/07/30
なぜ看取りの時間が大事なのか
グリーフケアの取材で、記者の井上さちこさんから最初に尋ねられたことは、次の言葉でした。 『親にとってなぜ最後の看取りの時間が大事なのか?どう思いますか?』 私は医療におけるグリーフケアを願い、こうお返事しました。 子育ては、たくさんの時間を与えられてしているから ヒステリッ…
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2004/07/20
失うと一番「困る」もの
子どもを失ったことで、さらに失うものってどれくらいあるのだろう…。 子どもの死後、遺族の多くに喪失の連鎖が起こっているのを感じます。二次的な痛手から遺族が守られるようにと、各方面へお願いしています。 私の場合、 あゆみの次に失ったものは、人間関係でした。 ご近所や友人とのお…
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2004/07/10
やさしい悲しいことば
人の言葉がこわい と、日の浅いご遺族はおびえるように暮らされますが、だいたいが私もかけられたことのある言葉なので、うなづけます。 意地悪な言葉ではなく、たいていは善意の励ましや慰めのなかに不意に出てくるものなので、遺族はどんな言葉にも傷つくのだ とみなされそうですが、主に、比…
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2004/06/30
病室のベッドで綴ったメッセージ文
昨年入院中に、インフルエンザ脳症研究班と【小さないのち】合同で発表する公開講座が行われ、そのとき病院から送ったメッセージ文が出てきました。 出席します と約束していたことなので、何としても!と願ったのですが、抗がん剤の副作用のため外出が許可されず断念… 班長の森島恒雄氏か…
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2004/06/20
子どもの脳死移植
現在日本では、15歳未満の子どもの脳死移植ができないことについて議論が繰り返されています。 あゆみが脳死状態だったとき、夫に不意にこんなことを言ったことがあります。 「もしも脳死移植ができるなら、あゆみちゃんの心臓だけどこかの子の体の中で生きつづけることができるのにね」。 …
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2004/06/01
七回忌法要で「命」考える
娘を亡くしてしばらくの頃、出席していた分かち合いの席で、七回忌の話をされているご遺族を見つめながら、自分にもそんなときが来るのだろうか… とありえないことのように想ったものでした。けれども私にも同じように歳月は流れました。 お坊さんは読経のあと、こんな話をされました。(あい…
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2004/05/08
「大阪生と死を考える会」で
5月8日、お話しの場をいただきました。 ここは「小さないのち」の母校のようなところです。 一人でいい 同じように子どもを亡くし、深い悲しみに落ち 苦しみ、悩みながら暮らしている人と出会いたい 支え合って、その人といっしょに立ち上がっていきたい きっと出会えると信じ、…